2012年3月31日土曜日

自転車で風をつむぐ

「少年と自転車」初日だった。


プログラムとチケット(前売り券)と初日プレゼント






少年事件の話は辛い。
巣鴨事件のレポートを発表している最中に、常にクールでドライであるという評価を得ている私としたことが、突然嗚咽しそうになり動揺した、という人生最大級の困難が思い出される。
思い出したくないが、しばしば思い出す。

ダルデンヌ兄弟監督の作品を観るごとに。

さて、ダルデンヌ監督作品といったら、ジェレミー・レニエだ。
「ある子供」で、弟分を引き連れてかっぱらい生活して彼女が子どもを産むと躊躇いもなく売ってしまう、あほな若者ブリュノを演じ、「イゴール(彼の出世作となった「イゴールの約束」のイゴール)がちょっと悪い方向に成長したのが彼だね」と言っていたそうだ(「ある子供」プログラムより)が、今度はシナリオを読んで「これはまた感じのいい役をみつけてくれたもんだ」と皮肉を言ったのだと。
レニエの役は主人公少年の父親(死別か離別かわからないが母親は登場しない)。
1カ月の約束で少年を施設に預けると、転居してバイクも少年の自転車も売ってしまい、面会にも行かず、つまり厄介者として少年を捨ててしまうダメ親父ギー・カトゥール。
「ロルナの祈り」での薬物依存症青年役のときは体重を15キロ減らしていかにも死にそうな様子で演じていた(最後の登場場面は立ち直ろうとして笑顔で自転車に乗って去るというものだった)のに対し、今回はおなかが少々出てきたか?という小太りのコック(或いはコック見習い)。
立ち直りの兆しを見せたブリュノが「ちょっと(或いはかなり)悪い方向に成長した」「これまた感じのいい役」、これをレニエは上手く演じているのだ。憎たらしくなるほど。
これだと、ダルデンヌ兄弟監督は、次回作ではさらに「感じのいい役」をみつけてきてしまいそうで、心配だ。
(この映画のロシア版があるとしたら、この役は絶対アルトゥール・スモリヤニノフが演じそうだ!)
イゴール→ブリュノ→ギー。
ベルギー美少年が、悪い方向にではなく、生きていくのもなかなか大変なんだな。

ダルデンヌ兄弟は、少年役ならこういう子を選ぶ、若い女性ならこんな人、とかなり好みが定まっていて、今度の主人公少年シリル役のトマ・ドレも、子役時代のレニエと似た感じだ。
(「息子のまなざし」のフランシス役のマリンヌ、「ある子供」スティーヴ役のジェレミー・スーガルも同系列。)

ただ、大人の女性が主要人物として出てくるのは「イゴールの約束」のアシタ以来ではないだろうか。
サマンサ役のセシル・ドゥ・フランスは「スパニッシュ・アパートメント」「ロシアン・ドールズ」に出演していたというけれど、それほど印象的ではなかった。
専門家ではなく市井の人、しかし限りなく優しく、しかも落ち着いている。
シリルは充分に問題児で、言うこともろくに聞かないし、嘘はつくし、挙句に実際にサマンサを傷つける。それでもサマンサはちっとも逆上しない。
レニエ扮するギーのだめっぷりと好対照を示す。
こんな人、滅多にいないぞ、と思う。
彼女とたまたま巡り合ったシリルはすごく強運の持ち主なのではないか。

それでも、「週末里親になって」「ずっと一緒にいて」と、サマンサに頼めるだけ、シリルはきちんと自己の要望を伝えるだけの力があるという点にほっとする。
ほんとに大変なのは何をどうしていいか、自分に何が必要なのかわからない、そういう子どもなのではないか(大人もだが)。

思えば、「息子のまなざし」でも、フランシスは教官であるオリヴィエに(一人だけ名前を呼ばれなかったり握手を避けられたり、微妙に拒絶されているのに)「後見人になってください」って、はっきりお願いする。
肝心なところでしっかり大人に要求を伝えているっていうことに、何だか安堵するのだ。

そんなことすらできない、八方ふさがりだと感じている子、例えば今回のシリルを犯罪に巻き込む若者(エゴン・ディ・マテオ)には、救いの手は述べられないだろうか。
お祖母ちゃんには優しい男の子だ。
『戦争と平和』のドゥーロフみたいなタイプじゃないかな?

なお、この映画を作るきっかけとなったのは、「ある子供」日本公開時に来日して出席したシンポジウムで聞いた、弁護士の石井小夜子先生のレポートに取り上げられた、“迎えに来ると約束した父親を施設の屋根の上に登って待ち続けた少年がいたが、父親は迎えに来なかった(石井先生のお話では実際には父親ではなく、母親だったようだ)。少年はやがて親を待たなくなり、同時に人を信じなくなり、信じないことで自分を守ろうとし、やがて重大な事件を起こしてしまった”というエピソードだ。

この作品中、シリルは“ひょっとしたら重大事件”の加害者になり、また被害者にもなる。
ベルギーの少年法体系についての知識はないが、ある種の修復的司法を採り入れているようで、当事者同士で示談をし、謝罪と賠償によってシリルは自分の罪と向き合うことになる。
(このあたりは、「息子のまなざし」では前面には出ていなかった点だ。」)
それでも、それでしゃんしゃんと解決に至ってはいない(結局復讐劇が起こる)のも、ある意味現実世界を表しているのかもしれない。

あと、シリルがサマンサの元でちゃんと成長したら、レニエ父(全く酷い輩ではあるが)と繋がりを取り戻すという可能性もなきにしもあらずだろう、とお人よしの私は考えている。

 
初日プレゼントのベルギーチョコレートは濃厚な甘口で美味であった。

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