2013年2月24日日曜日

ロシアの異端、異端のロシア

東洋文庫ミュージアムも、これで4回目の入館になる。
モリソン書庫の前の椅子に、今日の講師お二人がいらっしゃった。


今日のお題は「ロシアの正教、正教のロシア:頭でロシアはわからない心で親しむ歴史と文化」
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トゥルゲーネフなどがそういう言い方をしているので、「理性では理解しかねるロシア」というのを日本のロシア関係者はよく持ち出すが、それは別にロシアに限ったことではないと思うな。
日本だって他から見ればよくわからないという面が少なからずあるだろうし、イランだってレバノンだってそう。
簡単にわかったということにはならないのはもちろんなのだが、理解しえない異質の存在だという国や民族だ、みたいな扱いは、軽々にすべきではないだろう。
講師は3名で
1.井上まどか先生「正教会における祈り チェルノブイリとイコン」
2.下斗米伸夫先生「古儀式派とロシア政治:日露戦争からソ連崩壊まで」
3.亀山郁夫先生「」ロシア文学における正教と異端派」

この時間で3人のレクチャーというのは詰め込み過ぎというもので、それぞれの先生が話し足りない、時間がないと感じたのではないか。少なくとも、聞いている私は話がどんどん進んでしまって、聞き逃したのか先生が話をカットされたのかわからないままだった箇所も多かった。
帰りの電車の中でハンドアウトを見直してそういうことかと復習した部分もある。

ちょうど下斗米先生と亀山先生が正教徒のマイノリティーである«異端派»について取り上げたが、特に下斗米先生の古儀式派の政治との関わりについての指摘が新鮮だった。
何せ時間が押していたので、じっくり考える間もなくジャーナリスティックな話題を次々に提供されて刺戟的だったと感じたという面も否定できないのだが。
ロシア革命に古儀式派の影響がかくも指摘できるとは驚きだが、最初の衝撃から落ち着いてくると、「信心深いロシア」が「無神論のソ連」に豹変したかのような、教会爆破などのあの年代の暴風雨のような出来事も、なんだか合点がいくような気がする。
今まで異端として迫害されてきた古儀式派にしてみれば、帝政を支えた旧体制側=正教の「正統」ニーコン派はそれだけ憎たらしかっただろうと。古儀式派にとって、ニーコン派は敵でアンチキリストなのだ。(←宗教家の態度としては全く正しくない俗っぽい反応であるが。)

下斗米先生のお話によれば、ソヴィエトは古儀式派の集会が起源だそうだ。
スターリンが指摘するところでは「純ロシア現象」、グルジアにはもちろん、ポーランドにもウクライナにもなかった。
で、古儀式派は実はそんなに弱小集団ではなかったようで、国内産業の4~7割(特に繊維工業)を掌握していたり、革命家の中にもいらっしゃったり。
そうそう。ロシア革命を担った人たちはは無神論一色かと思ったら、求神論のベルジャーエフ、建神論のルナチャルスキーやゴーリキーがいる、という。
ルイコフ、カリーニン、シリャプニコフ、ノギン、ブルエビッチ、モロトフらが古儀式派系のボリシェヴィキ。
(その後も、グロムイコ、エリツィン、プーチン?)

そんな風にどんどん人名を挙げて古儀式派との繋がりを指摘され、またはビャトカ、ニージニーノヴゴロドと古儀式派拠点とされる地名を挙げ、何とか最後まで行き着いたというレクチャーだった。
まだまだ頭の中ではそういった知識が点在するのみで、確かな検証となって納得できるまでに至っていない。
もうすぐ刊行されるという先生の新著が楽しみだ。
特に、今日のお話では、キエフないしウクライナの位置づけがわからなかった。
先生は説明はある程度されていたのだが。

(他の先生については後ほど)

ディスカッションの最後の方は、亀山先生が私にとっては全く関心のない話題に持って行ってしまったので(だから「どうでもいい」に手を挙げた)、時間がもったいなかったな。
レスリングの問題の方がよかったのに。
イランとアメリカが抱擁している図、なんて、熱いものを感じずにはいられない。

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